キャリアが変わっても変わらない共通点


 私の身近に、ラグビーのプロコーチからリンゴ農家へと大胆にキャリアを転じた後輩がいます。分野は全く違いますが、彼の歩みを見ていると「育てる」という本質的な姿勢に変わりはなく、むしろキャリアを超えて共通点があることを強く感じさせられます。


 彼は大学卒業と同時に、ある県の強豪高校ラグビー部のコーチ、そして寮監として指導者のキャリアをスタートしました。選手時代は決して「うまい」と評されるタイプではありませんでしたが、堅実なプレーを重ね、自分の弱さを強みに変える工夫や、ミスをチャンスに変えるセービングなど、彼にしかできない持ち味を発揮していました。その誠実さと粘り強さが評価され、大学1年生からレギュラーを勝ち取ったのです。


 その経験を土台に、コーチとなってからも「育てて勝つ」というポリシーを貫きました。誠実さ、謙虚さ、そして自己認識力の高さを活かし、選手一人ひとりに寄り添う指導を続け、全国大会出場を果たすなど確かな成果を上げました。さらに私がGMを務める女子ラグビークラブでも、育成部門のアカデミーコーチとして尽力してくれました。
育成の成果はすぐに表れるものではありません。しかし時を経て振り返ると、彼が関わった選手たちは驚くべき成長を遂げていました。初心者からオリンピック選手へと成長した選手、高校・大学世代で日本代表となり世界一を経験した選手、そしてラグビーを終えた後も自分の好きな道で輝く選手たち。これらはまさに、彼が育成コーチとして残した功績の証でした。
そんな彼が次に選んだ道は、なんとリンゴ農家でした。初めて聞いたときは驚きましたが、彼らしい素晴らしい決断だと感じました。彼にとって「育てる」という行為は、分野を問わず人生の軸だからです。


 私は、自ら育てたリンゴを初めて収穫した彼に「リンゴを育てることと選手を育てることに共通点はありますか?」と尋ねました。すると彼は迷いなくこう答えました。
「リンゴと人が何を求めているのか?何を望んでいるのか?それをよく観察して、よく話を聴くことです」
彼は「リンゴは忖度なく誠実に答えてくれる存在だ」と教えてくれました。水や養分、日当たり、温度、風――小さな変化を見逃さず、リンゴの声に耳を傾ける姿勢は、まさに選手に寄り添って育てていたときと同じです。


 キャリアが変わっても、彼の中で変わらないものがありました。それは「相手の声を聴き、成長を支える」という姿勢です。ラグビーのコーチングもリンゴづくりも、突き詰めれば「育てること」。その本質は変わらず、彼の生き方を貫いています。


 リンゴ農家とプロラグビーコーチ。一見まったく異なるキャリアですが、彼の言葉を聞いて私は深く納得しました。分野は違えど「育てる」という視点に立てば、そこには普遍的な共通点があるのだと。
 キャリアの転換は、多くの人にとって不安や迷いを伴うものです。しかし「自分の中で変わらない本質」を持っていれば、分野が変わっても必ず活かせるものがある。彼の歩みは、そのことを力強く教えてくれています。

SPORTS BRA FEEL FREEオーナー

宮﨑 善幸

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