友人の支えが転機を支えてくれたエピソード

今回は、私が大学4年生のときに経験した、人生の転機とも言えるエピソードをご紹介したいと思います。
当時の私は、将来プロのスポーツ指導者、すなわちコーチやアスレティックトレーナーを目指していました。ゼミナールではコンディショニング科学を選び、スポーツ医科学やコーチングの専門的な学びをスタートさせたばかりでした。
所属していたクラブでは、学生トレーナーが中心となってチームのコンディショニングを担っており、私はキャプテン、学生トレーナー、そして選手という三つの役割を担っていました。全てが自分のやりたいことであり、毎日がとても充実していました。
しかし、夏合宿を迎えた頃から、自分のラグビーパフォーマンスに陰りが見え始めたのです。原因は明らかでした。キャプテンとしてチームのことを考え、学生トレーナーとして怪我をした選手のケアに時間を割く中で、自分自身のパフォーマンスを上げていくことに十分な時間をかけられなかったのです。
さらに、キャプテンとしては、監督と共にメンバー選考の権限も持っていました。自分の現在のパフォーマンスでは、正直レギュラーとして出場するレベルではないという自覚もあり、選手としての自分と、キャプテンとしての責任の間で強い葛藤が生まれていました。その思いを誰にも相談できず、一人で抱え込む日々が続いていました。
このままでは、自分もチームも良い方向には進まないと考えた私は、自分なりに優先順位をつけることにしました。私の中での優先順位は、①選手、②キャプテン、③学生トレーナーでした。まずは選手として信頼され、ピッチに立ち続けること。それがキャプテンとしての役割を全うするためにも不可欠だと判断しました。
学生トレーナーの仕事は、将来進みたい道であり、最後まで両立したい気持ちもありましたが、それは大学院に進学してから改めて深く学ぼうと決意しました。ただ、私が担当していた怪我をした選手への責任も感じていました。
そのとき、支えてくれたのが友人でした。彼も学生トレーナーとして共に活動していた仲間であり、同時にレギュラーを目指して努力していた選手でもありました。しかし、彼は教員採用試験の最中に怪我をしてしまい、手術はせず最後のシーズンをやり切ることを選択していたのです。そんな彼が、私の分のトレーナー業務まで引き受けてくれました。彼も本当はプレーヤーとしてやり切りたかったはずですが、私の状況を理解し、支えてくれたのです。
今でもこの出来事を思い出すと、感謝の気持ちで胸が熱くなります。
その支えのおかげで、私は選手として全試合に出場し、キャプテンとしての責任も果たすことができました。そしてチームは、3部リーグ全勝優勝、2部昇格という結果を残すことができたのです。
この経験を通じて私が学んだのは、「支え合うことの大切さ」「誰かに頼る勇気」、そして「人の支えが、チームも自分自身もプラスに導いてくれる」ということでした。自分一人では乗り越えられなかった転機を、友人の存在が力強く支えてくれました。
皆さんにも、そういう存在がきっといると思います。困難なときほど、周りの人の力を借りることを恐れず、一歩を踏み出してみてください。
SPORTS BAR FEELFREEオーナー
宮﨑 善幸