自分の機嫌は自分でとる

「自分の機嫌は自分でとる」――。
この言葉は、日本オリンピック委員会のナショナルコーチアカデミーの講義で、女子ソフトボール日本代表の絶対的エース、上野由岐子選手が語っていた言葉です。
上野選手は、北京,東京の2大会のオリンピックで日本の金メダル獲得に大きく貢献したレジェンド。どんな状況でも感情に流されず、淡々と自分の役割を果たし続ける姿勢が印象的でした。試合中にピンチを迎えても決して焦らず、むしろ周囲に安心感を与える。その背景には、「感情を他人に委ねず、自分の機嫌を自分で整える」という強い意志があったのだと思います。

私自身、大学生の頃を振り返ると、当時は自分がコントロールできないことにしょっちゅうイライラしていました。試合の結果、天候、仲間の行動、監督のコーチング……。今思えば、自分の努力では変えられないものばかりに感情を乱していたのです。
そして、そのイライラが周りにも伝わり、私の機嫌を取ろうと周囲が気を遣ってくれていました。
当時はそれに甘えていましたが、今になって思えば、本当に恥ずかしいことです。未熟だった自分の姿を思い出すたびに、「あの頃の私は何を学ぼうとしていたのだろう」と反省します。

やがて私がコーチとして選手を指導する立場になったとき、ある先輩コーチの言葉が胸に刺さりました。
それは、都立中学校で長年ラグビー部を率い、誰もが認める名コーチである大学時代の先輩の言葉――
気を使われる選手は伸びない」。

この言葉には、深い意味があります。
チームの仲間やコーチが一人の選手の機嫌を伺って動くようになると、本来必要な率直なコミュニケーションや競争が生まれにくくなります。結果として、その選手の成長の機会が奪われてしまう。逆に、自分の機嫌を自分で取れる選手は、仲間やコーチに余計な負担をかけず、チームの雰囲気を前向きに保つことができます。

上野選手のようなトップアスリートこそ、周囲から大きな注目や気遣いを受ける立場にあります。それでも彼女は、いつでも謙虚に、感情をコントロールし、やるべきことに集中している。だからこそ、長い年月にわたって世界のトップであり続けられるのだと思います。

人は誰しも未熟であり、イライラすることもあります。
しかし、成長とは「感情のコントロール」を身につける過程でもあります。自分の機嫌を他人に委ねず、自分で整えることができるようになると、スポーツにおいてもパフォーマンスが安定し、結果としてチーム全体の雰囲気も良くなっていきます。

そしてこれは、スポーツに限らず、社会生活でもまったく同じです。
自分の感情を他人任せにせず、自ら整える力を持つ人は、人間関係を円滑にし、信頼される存在になります。

「自分の機嫌は自分でとる」――。
この言葉は、強さと優しさを併せ持つ大人としての生き方の基本なのかもしれません。

SPORTS BAR FEEL FREEオーナー

宮﨑 善幸

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