4-8-3 等身大を受け入れるという強さ

あなたは「自分のことが好きですか?」と問われたとき、どのように答えるでしょうか。この問いに迷いなく答えられる人は多くありません。なぜなら、私たちは日々「理想の自分」と「現実の自分」の間で揺れ動きながら生きているからです。

自分が感じている自分と、他者から見えている自分。その両方を知り、受け入れることができているかどうか。それが「等身大の自分」と向き合うということです。しかしこれは、当たり前のようでいて非常に難しい営みです。人はつい背伸びをして自分を大きく見せたり、または自分を過小評価して小さく見せたりしてしまいます。どちらも一見すると自己表現のようでありながら、周囲にはどこか違和感として伝わってしまうものです。

本当に信頼されるのは、飾らない「等身大の姿」です。そして重要なのは、現状に満足することではなく、その等身大を起点として、自分自身の目指すゴールに向けて「大きく・高く・広く・深く」成長させていくことです。自分の現在地を正しく把握すること、それ自体が自己認識力であり、成長の出発点となります。

この考え方は、メンタリングの場面において特に重要になります。メンタリングとは、単に知識や答えを与えることではなく、相手の成長に寄り添いながら、その人自身が気づき、前に進んでいくプロセスを支える関わりです。その関係性の中で最も大切になるのが、「等身大で向き合う姿勢」です。

メンターが自分を必要以上に大きく見せようとしたり、完璧であろうとしたりすると、相手との間に見えない壁が生まれます。一方で、自分の経験や迷い、時には失敗も含めて率直に語ることができたとき、相手は安心し、心を開きやすくなります。人は「正しさ」だけでなく、「共感」や「理解」によって動くからです。

また、メンタリングにおいては「自分の言葉で語ること」が重要です。他人の言葉や一般論ではなく、自分自身の経験や実感に基づいた言葉こそが、相手の心に届きます。そのためには、日々の経験や感情と丁寧に向き合い、自分自身を理解し続けることが求められます。つまり、メンター自身が等身大の自分を受け入れていることが、質の高い関わりの前提になるのです。

そしてもう一つ大切なのは、「相手の視点に立つこと」です。相手が何に悩み、何を求めているのかを理解しようとする姿勢がなければ、どれほど良い言葉であっても届きません。メンタリングは一方通行ではなく、関係性の中で育まれるものです。だからこそ、相手の立場に立ち、相手の言葉に耳を傾けることが欠かせません。

人は、相手の「自然体」に触れたときに心を開きます。背伸びをせず、かといって自分を過小評価することもなく、自分の言葉で語ること。それが信頼関係を築く基盤になります。特に、失敗や葛藤といった人間らしい部分を共有できたとき、関係性は一気に深まります。

スポーツや教育の現場に限らず、あらゆる人間関係において、等身大で向き合う姿勢は重要です。人は誰しも未完成であり、だからこそ成長の余地があります。その未完成な自分を否定するのではなく、受け入れることができたとき、人は初めて他者とも誠実に向き合えるようになります。

等身大の自分を認めることは、決して弱さではありません。むしろ、それは自分を偽らずに生きるという強さです。その強さが、他者との信頼関係を築き、相手の成長を支え、そして自分自身の成長にもつながっていきます。メンタリングとは、そのような関係性の中で育まれる営みであり、その根底には常に「等身大であること」があるのです。

SPORTS BAR FEEL FREEオーナー

宮﨑 善幸

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