1-1-1 成果主義・スピード社会の限界

 今後、AIはさらに発達し、私たちの社会に広く普及していくでしょう。それに伴い、成果を求められる社会は一層強まっていくはずです。早く結果を出すこと、効率よく答えにたどり着くことが価値とされる時代——私たちはすでに、その只中に生きています。

 一方で、世界の人口が増加していく中、日本の人口は減少し続けています。少子高齢化が進むこれからの日本において問われるのは、単に成果を上げ続けることだけではありません。子どもへの教育はもちろんのこと、高齢者を含めたすべての大人が、いかに豊かに生きていけるか。すなわち、ウェルビーイングを中心に据えた社会の実現が、これから本格的に求められる時代に入っていくのです。

そのような時代だからこそ、大切になるのが「人が人をはぐくむメンタリング」です。

 今や、AIに相談を投げかければ、適切で示唆に富んだ答えが返ってきます。私が勤務する大学の学生に尋ねても、「AIに相談することはよくある」と答える学生は少なくありません。AIは、思考を整理し、選択肢を提示し、答えへと導くという点において非常に優れた存在です。

 では、AIと人との違いはどこにあるのでしょうか。
 私はそこに、「血の通った感情」と「感じる心」が存在するかどうかがあると考えています。そしてもう一つは、リアルな場において相手に寄り添い続けることができるかどうかです。

ケアの倫理では、次のように語られています。

「ケアとは、他者の声に耳を傾け、それに応答しようとする姿勢である。」

 AIは「答える」ことができます。しかし、相手の声に静かに耳を傾け、その人の揺れや迷いを感じ取りながら応答し続ける存在ではありません。言葉にならない不安や、沈黙の奥にある感情に寄り添い続けること——それは、人にしかできない関わり方ではないでしょうか。

 私が長く身を置いてきたハイパフォーマンススポーツの世界は、常に結果が求められる環境です。勝つか負けるか。上達したのか、できなかったのか。そこにはライバルとの競争があり、その前に、自分自身との競争が存在しています。

 しかし、選手の成長は決して即効性のあるものではありません。コーチがゴールへと引っ張り続けるだけで、人は成長するわけではないのです。共にゴールに向かって走りながら問いを投げかけ、わからずに立ち止まったときには見本を示し、そして何よりも話を聴き続ける。その関係性の中で、選手は自らの力で前へ進んでいきます。成長とは、このような伴走の中で育まれていくものだと、私は現場から学んできました。

 どれほど成果が求められる社会であっても、どれほどスピードが加速する時代であっても、そこには必ず限界があります。効率や結果だけを追い続ける社会は、長くは持ちません。人と人とが関係性の中で支え合い、寄り添い合う基盤があってこそ、社会は持続していくのだと私は信じています。

 AIが進化すればするほど、人に求められる役割はむしろ明確になります。それは、正解を示すことではなく、他者の声に耳を傾け、応答し続ける存在であることです。

 本書で探究していく「人が人をはぐくむメンタリング」とは、特別な才能や立場を持つ人だけが行うものではありません。日常の対話の中に生まれ、関係性の中で育まれていくものです。誰かの一言が人生の方向を照らし、誰かのまなざしが新たな一歩を支える。その積み重ねが、人の成長をつくっていきます。

 AI時代だからこそ、人が人に関わる意味はより深く、より重要になっていくでしょう。メンタリングの価値は、これからの社会においてますます高まっていくはずです。

 本書が、人を育てるとは何か、寄り添うとはどういうことかを見つめ直すきっかけとなり、読者一人ひとりの実践へとつながっていくことを願っています。

SPORTS BAR FEEL FREEオーナー

宮﨑 善幸

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