2-3-1 指導の常識はなぜ通用しなくなったのか

「指導の常識」と言っても、その内容は時代や社会によって大きく変化します。何が当たり前であるかという認識は、決して固定されたものではなく、社会の価値観や教育観の変化によって更新されていくものです。特に日本のスポーツ現場においては、約30年前までの部活動の指導には、ある程度共通した「常識」が存在していたと考えられます。
当時の部活動では、監督やコーチは絶対的な存在として位置づけられ、選手はその指示に従うという関係性が一般的でした。多くの場合、監督やコーチは「先生」と呼ばれ、指導者が一方的に指示を出し、選手がそれを忠実に実行するというトップダウン型の指導スタイルが主流でした。また、現在では問題視されるような厳しい叱責や精神的な圧力、場合によっては暴力的な指導であっても、「強くなるためには必要な指導」として受け入れられていた側面もありました。特に競技成績の高いチームほど、名監督が厳しく選手を鍛え上げることで強いチームを作るという文化が存在していたと言えるでしょう。
しかし、現在ではこうした指導スタイルは大きく見直されるようになっています。その背景には、スポーツコーチングという概念が広まり、指導の考え方そのものが変化してきたことが挙げられます。現代のコーチングでは、指導者が一方的に教えるのではなく、選手との対話を通じて学びを促す双方向の関係が重視されています。Lyle and Cushion(2017)は、コーチングを「選手の学習と成長を支援する相互作用的なプロセス」と定義しており、選手自身の主体的な学びを促すことの重要性を指摘しています。
また、Gallwey(1974)が提唱した「インナーゲーム」の考え方では、選手の能力は外から与えられるものではなく、選手自身の内側に存在する可能性を引き出すことが重要であるとされています。つまり、コーチの役割は答えを与えることではなく、問いかけや対話を通して選手が自ら気づき、成長していく環境をつくることにあると言えるでしょう。
さらに、社会全体の価値観の変化も、指導の常識が変わる大きな要因となっています。現代社会では多様性が尊重され、個人の考え方や価値観を認めることが重要視されています(Coakley, 2015)。かつては「全員が同じ方法で努力し、同じ方向を目指すこと」が当たり前とされていましたが、現在では一人ひとりの個性や背景を尊重することが求められる時代になりました。
この変化は、社会の生活環境の変化にも表れています。例えば、かつては一家に一台の電話が家庭の通信手段でしたが、現在では一人一台の携帯電話やスマートフォンを持つことが当たり前の時代になりました。これは象徴的な例ですが、社会が「全体中心」から「個人中心」へと変化してきたことを示しています。スポーツの世界においても同様に、選手一人ひとりの考えや主体性を尊重することが求められるようになってきました。
実際にスポーツの現場を見ていて感じることは、強いチームかどうかに関係なく、指導者が学び続けているチームには共通した特徴があるということです。それは、選手の可能性を本気で引き出そうとしているという姿勢です。そのようなチームでは、指導者がすべてを決めるのではなく、選手自身が考え、判断し、行動する文化が自然と育まれています。
このように、これまでの指導の常識が通用しなくなってきた背景には、コーチング理論の発展、社会における多様性の尊重、そして個人を中心とした社会への変化といった要因があります。これからのスポーツ指導においては、指導者が一方的に教える存在ではなく、選手の成長を支援し、その可能性を引き出す存在としての役割がますます重要になっていくと言えるでしょう。
SPORTS BAR FEEL FREEオーナー
宮﨑 善幸
