6-14-1 経験を押しつけない

指導者やリーダーには、これまで積み重ねてきた多くの経験があります。成功したときの喜び、失敗したときの悔しさ、困難を乗り越えるために工夫したこと。その一つひとつは、長い時間をかけて得た大切な財産です。
だからこそ、目の前の人が悩んでいると、自分の経験をもとに助言したくなります。
「私のときはこうした」
「この方法ならうまくいく」
「同じ失敗をしないようにしてほしい」
そこには、相手を助けたいという善意があります。しかし、その経験が相手にとっても正しいとは限りません。時代や環境が違えば、置かれている状況も、本人の性格や価値観も異なるからです。
自分にとっての正解が、相手にとっても正解であるとは限らないのです。
スポーツの世界でも、指導者が自らの成功体験を強く持っているほど、その方法を選手に求めてしまうことがあります。しかし、かつて成果を上げた練習や指導方法が、現在の選手にもそのまま通用するとは限りません。身体的な特徴も、育ってきた環境も、競技に取り組む理由も、一人ひとり違います。
経験をそのまま当てはめようとすると、相手が自分で考える機会を奪ってしまうことがあります。指導者の答えを実行するだけになり、本人が試行錯誤しながら自分なりの答えを見つけることができなくなるのです。
経験は、相手を導くための「答え」ではありません。よりよい方法を一緒に考えるための「材料」です。
自分の経験を伝えるのであれば、「こうするべきだ」と結論を押しつけるのではなく、「私はこのような経験をしたけれど、あなたはどう考える?」と問いかけることが大切です。経験を一つの事例として差し出し、その経験を採用するかどうかは相手に委ねる。その余白が、相手の主体性を育てます。
私が大学院時代、恩師から繰り返し聞いた言葉があります。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
この言葉は、自分の経験だけを絶対視することへの戒めでもあると感じています。自分が見てきた世界は、広い世界のほんの一部にすぎません。他者の経験や過去の出来事、異なる文化や価値観に触れることで、私たちは自分の考えを客観的に見つめ直すことができます。
そこで必要になるのが、「アンラーン」という姿勢です。
アンラーンとは、これまで身につけてきた知識や経験をすべて否定することではありません。それらを大切にしながらも、「今も本当に正しいのだろうか」「別の見方はないだろうか」と問い直し、必要に応じて手放していくことです。
経験を重ねるほど、人は無意識のうちに「こうすればうまくいく」「普通はこうするものだ」という枠組みをつくります。その枠組みは判断を助けてくれる一方で、新しい可能性を見えにくくすることもあります。特に人を育てる立場にある人ほど、自分の経験というフィルターを外し、目の前の相手をまっさらな気持ちで見る必要があります。
相手が失敗したときも、すぐに自分の経験を語る必要はありません。まずは相手が何を感じ、何を考えているのかを聴く。その上で、「今回の経験から何を学んだのか」「次はどうしたいのか」と問いかけます。
大切なのは、失敗を避けさせることではなく、その人が自分の経験から学べるように支えることです。
過去の経験は、未来を照らす光になります。しかし、その光で相手の進む道を一方的に決めてはいけません。相手には、相手自身の道があります。
経験を押しつけるのではなく、必要なときにそっと差し出す。そして、相手が自分で考え、選び、歩んでいく力を信じる。
それこそが、経験を重ねた人に求められる、本当の支援のあり方ではないでしょうか。
SPORTS BAR FEEL FREEオーナー
宮﨑 善幸
