6-15-3 教育の本質とは何か

教育とは何でしょうか。

多くの人は、「知識や技術を教えること」が教育だと考えます。しかし、変化が激しく、正解が一つではない時代において、本当に求められる教育は、それだけではありません。教育の本質とは、自ら考え、学び続け、成長し続ける人を育てることではないでしょうか。

学びには、「知る」「わかる」「できる」という段階があります。新しい知識に触れ、それを理解し、実際に行動へ移せるようになる。この三段階は、多くの人が経験する成長のプロセスです。しかし、本当の意味で学びが深まるのは、そのさらに先にある「教える」という段階だと考えています。

人に教えるためには、自分自身がその内容を深く理解していなければなりません。曖昧な理解では相手にわかりやすく説明することはできませんし、相手からの質問にも答えられません。教えるためには、自分の知識を整理し、本質を考え、相手に伝わる言葉へと置き換える必要があります。この過程こそが、自分自身の理解をさらに深めることにつながります。

近年、大学教育では「アクティブラーニング」が重視されています。一方的に知識を受け取る授業ではなく、学生同士が議論し、発表し、互いに教え合いながら学ぶ教育方法です。受け身で知識を覚えるだけではなく、自ら考え、言葉にし、他者へ伝えることで、学びはより深いものになります。

この考え方は、スポーツの現場にもそのまま当てはまります。

例えば、練習中に仲間へフィードバックを伝える場面があります。「今の姿勢は良かった」「踏み込みが少し浅かった」「次はここを意識してみよう」といった具体的な声かけを行うことで、伝えられた選手だけではなく、伝えた選手自身の観察力や分析力、言語化する力も高まります。相手に教えることは、自分自身を振り返ることでもあるのです。

このような学びをさらに深める考え方が、「メンタリング」です。

ティーチングは、知識や技術を教えることを目的としています。一方、メンタリングは、相手に答えを与えることではなく、自ら答えを見つけられるよう支援する関わり方です。

「今、何が起きていたと思いますか。」
「もっと良くするためには何ができそうですか。」
「次に挑戦したいことは何ですか。」

このような問いを投げかけられることで、人は自ら考え、自分の経験を整理し、次の行動を決めるようになります。答えを与えられたときよりも、自分で考えてたどり着いた答えのほうが、はるかに記憶に残り、行動にも結び付きやすくなります。

スポーツでは、試合が始まればコーチがすべてを指示することはできません。状況を判断し、修正し、仲間へ伝え、最善の選択をするのは選手自身です。そのためには、自ら考え、仲間と対話し、必要な情報を伝え合う力が欠かせません。こうした力は、日々の練習の中で教え合い、学び合う経験を積み重ねることで育まれていきます。

また、メンタリングの価値は、教えられる側だけにあるのではありません。相手の考えに耳を傾け、問いを考え、成長を支える過程では、教える側も新しい視点や価値観に気づかされます。相手の言葉から学び、自分の考えを見直し、さらに理解を深めることができます。教育とは、一方通行ではなく、互いに成長し合う営みなのです。

さらに、教える力が育つ人は、教わる力も育ちます。他者の意見に素直に耳を傾け、自分との違いを受け入れ、新たな考え方を柔軟に取り入れられるようになります。教えることと教わることは対立するものではなく、どちらも人を成長させるために欠かせない力です。

これからの教育に求められるのは、知識を多く持つ人を育てることではありません。自ら問いを立て、考え続け、学び続けられる人を育てることです。そのためには、知識を教えるティーチングだけでなく、相手の可能性を信じ、問いを通して成長を支えるメンタリングの視点が欠かせません。

教育者や指導者は、答えを与える存在ではなく、学びの伴走者であることが求められます。そして、教えることを通して相手が成長し、その姿から教える側もまた学び続けていく。この相互の学びと成長の循環こそが、教育の本質ではないでしょうか。

教育とは、人を変えることではありません。一人ひとりが自ら学び、自ら考え、自ら成長し続ける力を育むことです。そのために、教えることと問いかけることを大切にしながら、互いに学び合える関係を築いていくことが、これからの教育に最も求められる姿であると考えています。

SPORTS BAR FEEL FREEオーナー

宮﨑 善幸

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