2-3-11 指導者はなぜ「待つ」ことができないのか

指導者は、選手や部下の成長を願うほど、待つことが難しくなります。
同じ失敗を繰り返している姿を見れば、すぐに正したくなる。悩んで立ち止まっていれば、答えを教えたくなる。遠回りをしているように見えれば、自分の経験を伝えて、少しでも早く正しい道へ導きたくなるものです。
そこには、相手を大切に思う気持ちがあります。しかし、ここに指導の難しさがあります。
成長を急がせようとするほど、相手が自ら成長する機会を奪ってしまうことがあるのです。
指導者が先回りして答えを与えれば、失敗は減るかもしれません。短期的には、行動も改善するでしょう。しかし、それが続けば、相手は「困ったら指導者が答えをくれる」と考えるようになります。自分で考え、迷い、選び、その結果を引き受ける経験が少なくなってしまいます。
これは、支援しようとする行為が、かえって自立を遅らせるという逆説です。
人には、それぞれの成長のタイミングがあります。何度伝えても受け入れられなかった言葉が、ある失敗や出会いをきっかけに、突然その人の中へ届くことがあります。学生時代には理解できなかった指導者の言葉を、社会に出て困難に直面してから思い出す人もいます。
周囲に助けてくれる人がいても、本人に助けを求める準備ができていなければ、その支援を受け取ることはできません。どれほど的確な助言であっても、受け取る側の心が開かれていなければ、変化にはつながらないのです。
だからこそ、指導者には「待つ力」が求められます。
ただし、待つことは、何もしないことではありません。放置することでも、諦めることでもありません。相手の様子をよく観察し、必要なときに手を差し伸べられる距離を保ちながら、本人が自分で気づき、動き出す瞬間を信じることです。
問いかける。話を聴く。小さな挑戦の機会をつくる。失敗しても戻ってこられる場所を用意する。そして、相手が助けを求めてきたときには、すぐに支えられるようにしておく。それが、指導者にできる「積極的に待つ」という支援です。
では、なぜ私たちは待てないのでしょうか。
その理由の一つは、指導者自身の不安です。「このままで大丈夫だろうか」「結果が出なかったらどうしよう」「自分の指導力が問われるのではないか」。こうした不安が大きくなると、相手のためという言葉の裏で、自分を安心させるために指示を増やしてしまうことがあります。
そのため、待つためには、まず指導者が自分の不安を整えなければなりません。呼吸を整える。考えていることを書き出す。信頼できる人に話す。自分が何を恐れ、なぜ介入したくなっているのかを見つめることが大切です。
相手を変えようとする前に、自分の関わり方を見直すのです。
人の成長は、指導者が決めた予定どおりには進みません。すぐに変化が見える人もいれば、何年もたってから殻を破る人もいます。しかし、成長が遅れて見えるからといって、それまでの経験が無駄だったわけではありません。本人の中では、さまざまな経験や言葉が蓄積され、いつか一つにつながる瞬間を待っています。
指導者の役割は、人を思いどおりに動かすことではありません。人が自ら動き出すための環境をつくることです。
教えることより、待つことのほうが難しい。手を出すことより、信じ続けることのほうが勇気を必要とする。
それでも一歩引き、相手の力を信じる。その余白の中でこそ、人は自分の足で立ち、本当の意味で成長していくのです。
SPORTS BAR FEEL FREEオーナー
宮﨑 善幸
